作品紹介 - 那須秀至


私の絵画はその殆どが正、長方形の面の組み合わせから成る。
繊細な仕上げの画面は、観る者にある抽象的な心的空間を体験させる。
和紙を使い、蝋画法(エンカオスティック)の技術を駆使した淡い色調のモノクロームな画面は、
光の変化で微妙に変わる抽象的な深淵さを感じさせると同時に、
幾何学的な形と色面の精巧なコンポジションで特有の絵画空間を創り出している。


那須秀至 「無題」

2004年 顔料、ワックス、和紙、綿布 60×90×5cm  ¥300,000-

「無題」

1、静謐への一歩(絵の中の絵シリーズ 第一作)
蜜蝋の量を抑えて清楚な空気の緊張感を表現しようと試みたもの。



那須秀至 「無題」

2012年 顔料、ワックス、和紙、綿布 90×130×4cm  ¥600,000-

「無題」

2、光と空気の重奏
光を反射する金属顔料を用いた初めてのもの。



那須秀至 「無題」

2011年 顔料、ワックス、和紙、綿布 55×80×2cm  ¥220,000-

「無題」

3、偶然が生み出すダイナミズムと調和
墨の気まぐれな透明感のある痕跡に、時が重なり深みのでた画面をそわせた作品。



那須秀至 「無題」

2011年 顔料、ワックス、和紙、綿布 55×80×2cm  ¥220,000-

「無題」

4、無機と有機の融合
筆の敏捷な動きとアイロンで描くゆっくりとした動きを対比させた作品。





■水のオブジェ『鏡池』


『私にとっての鏡池』  那須秀至

画面内空間と周囲の空間を美的に関連させる座標として配置される『鏡池』は
表面に投影する像は自然風景や建築空間と絵画との関連性を忠実に写し取った写影であり、
明と暗、面と奥行き、具体と流体、空間と時間が一つのまとまった像として目に飛び込んできます。
それは日常性と創造行為という対極関係を止揚する空間、さらには四次元的な舞台とも云えます。
そして『鏡池』の方形というミニマルでニュートラルな形は、芸術と現実という相反する力が一瞬、
象徴的に、時間を超越した瞑想的な調和の世界に辿り着くための隠喩となりえるのです。



「鏡池」    「鏡池」

樹木が鏡池に写ると空の色がバックになって大変きれいです。空の高さと同じだけの深さが鏡池の中に見えます。
これから秋になり、冬になり、季節の変化に伴って鏡池の景色も変わるのが楽しみです。
鏡池は自然に敏感です。ほんの小さな変化でも鏡池は水面全体の動きで表現します。
わずかな風がそよいでも表面が揺らぎ、目には見えない雨にも小さな波紋がぽつぽつと広がります。

西川 力 「鏡池」所有者


「鏡池」




■神奈川大学に「水鏡」設置


那須秀至作の「水鏡」2013が神奈川大学工学部建築学科中井研究室に今年度はじめに設置され、学生さんたちも興味津々で水面を見入っており、これからの研究室生活が楽しみですと中井邦夫さんからすばらしいコメントをいただきました。

「水鏡」

大学の研究室内に、ドイツのフランクフルトを拠点に活動されている那須秀至(Hide Nasu)さんの作品を設置した。


「水鏡」あるいは「鏡池」とも題された作品で、その物自体は、大きさは1200mm四方、縁の厚さ40mmの、大きな四角いお盆のような形状のものである。その表面は真黒に塗装されていて、表面には蝋が塗られている。だが作品の実体はこの物自体というよりも、そこに張られる水である。お盆のなかに少しずつ水を注いでいくと、その質感がだんだんと消えていき、そのかわりに水面、というよりは、もうひとつの空間のようなものが、じわじわと浮かび上がってくる。縁ギリギリまで水を注ぎきると、まるで床に正方形の穴が開いたようにも見え、同時にというかあるいはというか、その向こうにもうひとつ別の空間があるようにも見え、不思議な奥行きが生まれる。


水たまりに反射しているだけ?と思われるかもしれないが、そのようなありふれた感覚とはだいぶ違う。なぜだか不思議で、たぶんいろんなことが作用しているのだと思うが、たとえば、普通の水たまりというのは地面の表面よりもややへこんで見えるものだが、この40mmの厚さというのがまた絶妙な感じで、あたかも水銀のように地面(床)から微妙に盛り上がり、しかも自然にはあり得ない正方形をした、不思議な、得体のしれない隆起した水たまりのようにも見える。


この作品は過去に何度かギャラリーの空間で見たことはあったが、こうして自分の日常的な空間に置いていると、やはり感じ方がずいぶん違う。設置して約2週間が過ぎたが、研究室のごくありふれた床に突如開いたこの不思議な空間の表情は、一日の時間の経過とともに変化するし、また表面に少しずつ浮かぶ塵の感じやちょっとした風による揺らぎ、水の量などによっても変化する、まるで生き物のような感じがある。魚を飼っているわけでもないのに、水を時々足したりしなければいけない点も、なんだかこの作品自体が生き物のようであるかのように錯覚させる。もはや設置してあるというよりも、飼っている状態である。こういうふうに、とかく非日常的にしか体験できないアートを、なんだかペットか何かのように日常的に「飼う」という感覚はとても新鮮であり、学生たちもこのよくわからない生き物のようなアートを飼うことになれたようでもある。


那須さんのHP(http://www.hide-nasu.net/)を見たところ、屋外などに置かれた「水鏡」もあるようで、また印象が異なっていて興味深いものがある。そのほかの那須さんの作品は、この「水鏡」にしても、和紙に顔料と蝋を幾重にも重ねて、なんとも言えない奥行きをつくり出す作品にしてもそうだが、不思議な空間的感覚に満ちている。先日コペンハーゲンへ行ったときにも古い友人であるレネ・クラル先生へ那須さんの作品を贈ったが、とても喜んでくれた。彼らから見ると、日本的な感覚も感じたようだった。来月の5月中旬から、KANEKO ART TOKYOというギャラリーで個展が開かれるとのことで、新作も出品されるらしいので楽しみである。(神奈川大学教授 中井邦夫)


> Hide Nasu 水鏡 : NODESIGN blog - 中井邦夫